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2007年12月

2007年12月 2日 (日)

リーダー

 夫は自然エネルギー自給の町として「ボストン・グローブ」紙に紹介された岩手県葛巻町に興味を持ち、「街づくりを考える会」で視察を提案した。定年後東京から川風市に移住した市民運動家(72歳)、川風市で唯一市民のために活動している市会議員(66歳)、その彼と共に市民のために活動していたが、病気で体調を崩し、引退した元市会議員(56歳)が自費で一緒にいくことになった。
 市会議員氏は、夫が葛巻町役場の担当者と作成した2泊3日の日程の濃密さに驚いた。これまで川風市の市会議員が行った視察は相手の迷惑になってはいけないという理屈で2時間を限度とし、後の時間は観光と宴会に費やされるのが常だったという。しかし、葛巻町の担当者は、おざなりな視察は迷惑、町をしっかり見ていって欲しい、と注文をつけた。
 日程の最後に町長との1時間半の会談があった。葛巻町を世界的に有名にした名物町長は8月いっぱいで引退する。
 市会議員氏には、まだ50代後半で、町民の絶大な支持がある町長がなぜ引退するのか、が一番の疑問である。川風市の市長にとって市長という地位は第一に市長個人の蓄財を意味する。前市長などは市の購入する一切の品物を自分の息のかかった業者を通させたと言われている。ところが、葛巻町の町長にとって町長職は分刻みのスケジュールに縛られる激務に過ぎない。町長の本業は酪農であり、東京に出張するときは4時半に起きて牛の乳搾りをしてから行くという。町長を続けることは妻に負担をかけ続けることになる。そもそも二人共に酪農をやっていくという約束で結婚した。妻が農機の事故で骨折したのを機に、町長を退き酪農に専念することにした、という。
 川風市の職員や議員たちは身を削ってまでも誇りを持って町の課題に取り組んでいる。市民運動家は川風市の職員や議員たちとのあまりの違いにため息をつくばかりである。
 わたしは環境問題について疑問をぶつけた。「草食動物の牛を穀物で育てれば、それだけ余分なエネルギーが必要になり、環境に負荷をかけることになる。葛巻町にふんだんにある草だけで育てることはできないのか。また牛よりも山羊のほうが体重比で乳を多く出す。ヤギの乳で作ったチーズは高級ワインにあう。環境問題を考えれば、牛ではなく、山羊を飼うべきではないのか」。
 川風市の近くの村には山羊を飼って乳を絞り、チーズを作っている彫刻家がいる。山羊のチーズは常温熟成ができ、熟成の度合いによって味が違う。フレッシュなものは癖がなく、抵抗なく食べられる。
 町長は即座に答えた。「確かに、今のやり方は環境を破壊しているかもしれない。しかし、草ばかりで育った牛の乳は飲みにくくて売れるものではない。山羊の乳も同じだ。そうなれば8千人の町民を食べさせていくことはできない」。
 葛巻町は首都圏から遠く、アクセスも悪い。強風が吹き寒さは厳しいが、雪があまり降らないのでスキー場もない。山なのに温泉もない。米も野菜も十分には育たず、酪農ぐらいしかできない。町は悪条件を逆手に取り、風力発電をはじめとする自然エネルギー自給とミルクとワイン(山にふんだんにある山葡萄を使ったワインも開発)の町として立ち上がった。町長はじめ職員や議員たちは一丸となって世界に町の素晴らしさをアピールしている。葛巻町の現在は私心なきリーダーのもとによそ者(新しい風を吹き込む者)、ばか者(私心なく行動する者)、若者たちによって作られた。
 市会議員氏は常々嘆いている。「川風では誰が議案を出したかだけが問題だ。いい案なら誰が出しても採用すればいいんだが、あいつが言ったことなら駄目だ、とすぐに言い出す」。

 群馬県に上野村という山間の小さな村がある。全国で初めて宅老所を作るなど福祉を充実させ、わずかながら出生率も上がってきているという。村長を10期務めて引退した黒澤丈夫氏はリーダーの条件に私心のないことを挙げている。

 『奇跡を起こした村の話』(吉岡忍著・ちくまプリマー新書)に登場する新潟県の人口7千人ほどの黒川村は「貧困と豪雪と出稼ぎを宿命のように背負った」村である。日本中の似たような市町村が高齢化や労働力流出によって人口を激減させてきた、戦後から高度成長、バブル経済とその破綻に至る時期、逆に人口を増やしてきた。12期48年村長を務めた伊藤幸二郎氏の政策は葛巻町長のそれと同じである。

 周辺に多くの温泉やスキー場があり、気候も比較的温暖で首都圏に近い川風市には、特に努力しなくとも観光客はやってくる。観光果樹園で大根のようなまずい桃を買わされても、何も知らない客は次々とやってくる。葛巻町や上野村や黒川村に比し、はるかに豊かな川風市は街のボスや市の職員や議員が談合や補助金でどんなに私腹を肥やそうと、何とかやってこれたのである。
 このようなところに真のリーダーは育ちにくい。

 バブルがはじけ、日本は財政破綻の危機に瀕している。かつての補助金頼みの地方行政はもはやできなくなっている。様々な問題が噴出しだした川風市にも私心のない優れたリーダーが必要な状況が生まれている。しかし、真のリーダーになれるような人は今のところ見当たらない。よそ者、ばか者、若者を徹底して排除してきたからである。情念を判断の根底おいた行政から、理性を基準にした行政へ変わらなければ、夕張化の大波に呑み込まれてしまう。

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