出過ぎた杭は打たれない
20年前、私は知的障害のある長女を校区の普通学級で育てたいと主張し、教育委員会や学校や地域の人たちと激しく対立した。障害児は健常児の邪魔になると言うのが彼らの言い分で、あらゆる妨害をした。飲食店をやっていたので、「学校や教育委員会に逆らったら、ここで商売などできなくなる」とまで言われた。私はすかさず「そういうことを言う教育委員会はまるでやくざではないか」と言い返すなど、何を言われてもどんな仕打ちをされても決して主張を曲げなかった。1年後には校区の普通学級に転籍することができ、その後その経緯を書いた2冊の本も出版した。関係者たちの長女と私への対応は一変した。学校は私の主張をほとんどすべて受け入れ、長女は中学卒業まで普通学級で普通に過ごした。
さらに家業の飲食店は地域の学校関係者が利用してくれ繁盛した。
面と向かって「あなたのような人は許せない」などと言われたこともある。彼女は後になって「本当はあなたがうらやましかった。どんな状況でも頭を上げて自分の考えを言い、明るく生き生きとしているあなたがうらやましかった」と言い、母子ともに長女に深くかかわってくれた。
この町の陰湿さは目を覆うばかりだ。誰もが顔と名前を出して本心を言うことに怯えている。優秀な成績で公務員試験に通りながら、コネがないために面接で落とされた人の母親は見ず知らずの私にそのことを訴えるのさえ、ひどく怯えていた。怯えているのが相手に伝われば余計に相手は図に乗ってくる。「出る杭は打たれる」のである。ところがハンマーが届かないほど出すぎた杭は打つことができない。打たれたくなければ杭をどこまでも高くするしかない。それには自分で考え、勉強し、行動していかなければならない。


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