いただいた命
クラス会から10日後、夫は朝起きたら舌がもつれて回らなくなっていた。脳血栓だったが、すぐ病院に行ったことも幸いし、後遺症はほとんど残らず1週間で退院した。クラス会の楽しい酒と疲労に暑い日が続いたことで脱水症状になったのが原因らしい。
ところが、血栓を溶かす薬の影響でクレアチニン値が8を越してしまった。退院した足で、今度は透析専門のクリニックに入院した。もはや保存療法は限界ということで透析となった。シャントができていなかったので、鼠径部から緊急透析をし、4回の透析で薬の影響はほとんどなくなった。シャントの手術は入院10日目に行われたが、使えるようになるまで最低2週間はかかる。それまで透析は鼠径部からになる。鼠径部には透析のためのカテーテルが入っているので、退院できない。病室にノートパソコンを持ち込んで何とか締め切りに間に合わせた。
「○○ちゃん、おはよう。ご飯食べようね」「あーん、いいお口だね。おいしい」。同室で看護助手の世話を受けているのは九十四歳のKさんである。言われていることぐらいはわかるが、ほぼ一日中眠っていて、食事とおやつの時間になると「○○ちゃん」と起こされる。おやつはベッドの上だが、食事は車椅子でディルームに連れて行かれる。枯れ木のようにやせ、穏やかな笑みを浮かべているKさんは「かわいい」と看護士や看護助手のアイドルである。
糖尿病から腎不全になったTさんは片足を切断している。眼もよく見えなくなって好きな本も読めず、虚ろな眼で一日中テレビを眺めている。リハビリも仕方なくやっているようだ。他にも寝たきり状態の人が多く、十分なケアを受けて生かされている。川風市は都会と違って介護助手は足りているようだ。このような状態が続けば終末期医療費は止め処なく膨らんでいくだろう。
まだ若い透析者で脳溢血を起こし入院している人もいる。透析者は脳梗塞や脳出血を起こしやすい。復帰には十分なリハビリが必要だが、180日経てば打ち切られてしまう。医療費の増大を抑えるため、3年ぐらい前からそのような制度になった。
今日は死ぬのにもってこいの日
生きているものすべてが私と呼吸を合わせている
すべての声が私の中で合唱している
すべての美が私の目の中で休もうとしてやってきた
あらゆる悪い考えは私から立ち去っていった
私の土地は私を静かに取り巻いている
私の畑はもう耕されることはない
私の家は笑い声に満ちている
子どもたちはうちに帰ってきた
そう、今日は死ぬのにもってこいの日
上記はプエブロ・インディアン古老、タオスの言葉である。
2週間ほど前バーモント州の山中で1人花や野菜を育て、絵を描いて暮らしていたターシャ・チューダーが自宅でなくなった。92歳だった。
白州次郎は相撲の千秋楽を見た後「相撲も千秋楽、パパも千秋楽」と言って病院に入院しまもなく亡くなったという。
夫は「(透析で)いただいた命だからきちんと生きるけれど、無駄な延命はするな」と言う。退院したらすぐリビング・ウイルの手続きをするつもりだ。


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