一息
ようやく1冊翻訳を終えた。259ページあった。薄い本ではないし、仮定法や比較や時制など日本語ではなじめない表現が多く文章も長い。助動詞が出て来ると文法書と首っ引きになった。はじめたのは1月だから10ヶ月かかったことになる。英語に触れるのは高校時代以来だった。ろくに勉強もしなかったので3単元すら忘れていた。夫が買ってくれた文法書を半年かけて読んでから取り掛かった。ボキャブラリーはないも同然だったので辞書を舐めるように読むしかなかった。夫は翻訳家として名を成している。まず何よりも正確に読むんだ、と何度も言われた。やってみてそれがどんなに大変なことかよくわかった。日本語で辻褄を合わせようとすれば簡単にできる。いわゆる「超訳」がたくさん出ているだろうなと思う。
来年の4月には還暦になる。この年でこんな過酷な勉強をすることになるとは思わなかった。やり遂げることができたのは夫がすばらしい教師だったからだ。夫は一言一句ゆるがせにせず、間違いを徹底的に直してくれたので読解の密度に自信ができた。本の内容の面白さが早く次に進むよう駆り立ててくれた。
日に6時間以上もパソコンに向かい続け尻が痛くなった。「しなくてもいい英語の勉強を止めるエクスキューズには事欠かない」が夫の口癖だ。夏樹静子の「腰痛放浪記」が浮かんだ。これは心の問題なのか。やるのが辛くてやめたいのだろうか。でもどんなに大変でも面白い。訳文がぴたりと決まったときは「数独」や「クロスワードパズルを解いたときのような喜びがある。腰痛は単なる体の問題だろうと考え、身体構造に関する本を読んだ。臍下丹田で体を支え、上から引っ張られているような意識で体を伸ばして座っているうちに痛みはなくなった。
夫の入院中は夫の世話をしなくてもよくなった分だけ能率があがり、やった分を病院に持って行って見てもらった。北京オリンピックも何もかも遠い世界で新聞を読む時間と家事の時間以外はひたすらパソコンに向かっていた。目は飛蚊(ひぶん)症になり、神経の興奮で夜中に何度も目が覚め、眠りの質が極端に悪くなった。家事は気分転換も兼ねて完璧にやったが、それでもストレッチやウォーキング等で体を鍛えなければならなくなった。よく眠れると書いてあったので足揉みもはじめた。辞書を舐めるように読まねばならない基礎的な勉強は若いうちだったら苦もなくできる。しかし年を取ってからだと、頭はいくらでも先に進みたいのに、目が疲れてくると辞書の文字が読めなくなる。
真ん中ぐらいまで進んだとき、終わるころには直されることもなくなるな、などと終わるのが楽しみだった。ところが、終わるころになっても間違いはいくらでも出てくる。一朝一夕では外国語はマスターできないことが思い知らされた。
これからどうしよう。古希を過ぎ、透析を受けている夫は「英語の勉強は俺が元気なうちにやれるだけやれ」と言う。原稿を書くことに行き詰って始めた翻訳の勉強だけれど、原稿を書く力も鍛えてくれたと思える。中途半端になっている幾つかの原稿も仕上げたいけれど、ここまでがんばってきた英語の勉強はもう止められない。体力がある今しばらくのうちは、他のやりたいことを諦め集中しなければならない。いつか一息つけるだろう。
夫は透析開始から5ヶ月経ってようやく落ち着いてきた。ぐったりと疲れて寝てばかりいたが、今は透析前よりはるかにいい状態だ。透析導入後の血圧や体重の調整には時間がかかる。食事も制限はあっても透析前より多くのものが食べられるようになった。透析を始めると尿がほとんど出なくなるので、汗で老廃物を排泄しないと体重の調整が難しい。決められた体重(ドライウエイトという)より5パーセントまでが抜かれる水の上限とされているらしい。それを超えると透析後が辛くなる。これ以上動脈硬化を進行させないためにも、透析の日以外は毎日ジムに通い、ウオーキングや整体や筋トレに励むしかない。好きなときに寝て好きなときに起きていた生活も透析にあわせて規則正しくなリ、私も楽になった。やっと一息。


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